先日ポルトガルのポルトに出張に行ってきました。

ポルトは人口24万人ながら、首都リスボンに次ぐポルトガル第2の都市。
市街地は「ポルト歴史地区」として世界遺産に登録されています。
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大西洋に面し、スペインから流れ込むドウロ川沿いにあり、北部で取れる独特のワインは、
この川を渡ってポルトの港で貯蔵され、世界中に輸出されます。有名なポルトワインです。
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ポルトガルなので、当然ポルトガル人と仕事以外にもいろいろ話します。

スペインとポルトガル、企業活動ではよく「イベリア」と、両国をいっぱ一からげにした呼称を使い、
「一国」として扱います。

同じ「ラテン民族」、同じ「ローマン」を語源とする言語を話し、
過去に同じ君主を持っていた国(ポルトガルはスペインから独立した)。
ところが、ポルトガル人と話すたびに、両国の国民性はかなり違うということを感じます。
なぜ、かくも違うのか?

ポルトガル人に、スペインと比較した「お国自慢」を導くような質問をしてみると、
あきらかにスペインに対する「敵対心」が見え隠れしてます。

以下は、そんな話から

・コロンブスはポルトガル人説
現在ではスペイン歴史上の偉人の一人、コロンブスは、
スペイン人でないながらも、アメリカ大陸を発見し、スペインを拠点に数々の航海に出かけ、
スペインに莫大な富を持たらせました。
そんな彼も、晩年はスペイン王室から非常に冷遇されていました。
栄誉を取り戻したのは、死後何百年も経ってからとのこと。

そんな彼の出生地については、一応、定説ではイタリアは「ジェノバ出身」ってことです。
でも、ポルトガル人に言わせると、実は「ポルトガル人」だったらしい。

「コロンブスはほんとはポルトガル人だったってことは、スペイン人すら認めている。
スペインにあんな功績のあった人物を冷遇してきたのに、いまさらその功績を称え、
スペインの偉人にしようとは、虫のいい話だ」とのこと。

・トルデリシャス条約における駆け引き
この「トルデリシャス条約」、1494年6月7日にスペインとポルトガルの間で結ばれた条約で、
当時両国が盛んに船団を送り込んでいた「新世界」における紛争を解決するため、
当時の教皇がヨーロッパ以外の新領土の分割方式を取り決めたもの。
つまり、当時もっとも盛んに植民地活動を行っていた両国が、教皇を巻き込んで、
世界を2分して、勝手に自分達の領土としてしまった、という条約。

この条約により、アメリカ大陸でブラジルだけがポルトガル領土、それ以外はスペイン領土。
一見スペインに有利な条約に思えますが、実のところは、太平洋の西側、アジア以西は全て
ポルトガル領土になる、というポルトガル有利な条約。

なぜスペイン人はこれで納得したのか?
その答えは、ポルトガル人は、このときに、当時スペインからほとんど支援を得られなかった
コロンブスに偽の情報を与え、偽の地図を渡し、当時アメリカ大陸より西側に世界があることを
伝えなかった、といいます。

・ポルトガル人は人道的説
両国が外洋に出て、探検し、次々と発見した土地を植民地化していた頃。
スペイン人はその土地の文化や現地人を壊滅し、
一方で、ポルトガル人は現地人と仲良く融合していったとのこと。

根拠として挙げられるのは、スペインがインカ帝国やアステカ王国を武力で滅亡させたこと、
また現地人といさかいがたえなかったために植民地を小さく分割せねばならなかったこと。
だから、旧スペイン植民地だったラテンアメリカ諸国は概して国土が小さい。

一方、ポルトガルは現地人と溶け込んでいたので、殖民地勢力を分割する必要がなく、
結果的にブラジルが広大な国土を持つ国になった。

ま、そんな感じです。

実際、現状は、
ポルトガル人は、スペイン人と話すときはスペイン語を使います。
スペイン人はポルトガル語をしゃべれません。

ポルトガル人は、英語が堪能です。スペイン人はまず英語がしゃべれません。

ポルトガル人は、文化的にも、アングロサクソンやゲルマンの影響を多く受けています。
スペイン人は典型的ラテン人です。

ということで、ポルトガル、小国が故の「世渡り上手」な国になったわけですね。
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by bonito_seco | 2009-09-06 06:48 | ヨーロッパ旅行記

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