ここのところの激務後の久しぶりの週末の休みの日に、
9ヶ月住んできたバルセロナを再発見しましょう、ということで、
今週末は、「モデルニスモ建築再訪」を行いました。

ガウディをはじめとする建築群により、
バルセロナは世界中の観光客を集めてやまないわけですが、
私も赴任早々、これらの高名な建築物への訪問は済ませていました。

今回は「i」が企画する、オフィシャルツアーに入って2時間のWalking tourに参加など、
あらためて、真剣に、お勉強してみましょう、と。
ガイドさんの話を聞いたり、書物を読み進めるにつれ、自分なりの解釈がまとまってきました。

その結果。「モデルニスモ」を語る上で、重要なポイントを勝手ながら以下に要約してみました。

①ガウディはウディではなく、ガウディと発音する。
はい、つづりは、Gaudiではなく、Gaudí なのです。
どうでもいいことのように思えますが、アクセントの位置を間違えると、
スペイン人には通じなくなってしまいます。

②モデルニスモはいわゆる、「アール・ヌーボ-」の動きである。
つまり、国によって名前が変わるが、19世紀後半から20世紀はじめにかけておこった、
世界的な新建築様式をすすめるダイナミズムの一環である。

③おさえるべき有名な建築家は3人いる。すなわち、
-アントニ・ガウディ
-ドメニク・イ・モンタネール
-プッチ・イ・カダファルク

④当時のバルセロナに起こった特別な社会背景が、この特異な建築様式を開花させた。
1.19世紀後半に再び外国との貿易を許され、繊維産業をはじめとし、産業革命がおこった。
2.この波に乗って、大金を手にしたブルジョワ層が現れた。
3.この新規産業により、工場労働者などが急増し、19世紀後半に、現在の旧市街域では、膨れる人口をまかないきれなくなった。
4.19世紀後半に、これまで旧市街を囲っていた壁が壊され、カタルーニャ広場の北側、現在のアシャンブラ地区に新市街をつくることになった。
5.当時のブルジョア層が、敷地面積も狭く、衛生面も悪化していた旧市街を離れ、カタルーニャ広場から北に伸びる目抜き通り、「ガルシア」通り沿いに大邸宅を建てる動きがすすんだ。
6.ブルジョア達は、金に物をいわせて、当時の名うての建築家をおかかえの建築とし、自分の邸宅の建設を発注した。たとえば、ガウディのパトロンとまで言われたグエル氏など。

というわけで、上記3大建築家のそれぞれの代表的な建築物の写真です。
各3点に絞りました。

<ガウディ>
カサ・バトリョ
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カサ・ミラ
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コロニア・グエル教会
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<モンタネール>
カタルーニャ音楽堂
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サン・パウ病院
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カサ・リェオ・モレラ(1階は現ロエベ店舗)
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<カダファルク>
カサ・マルティ(1階はクアトラ・カッツ)
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カサ・アマトリェール(現在改装中で外観は見られない)
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カサ・デ・ラス・プンシャス
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by bonito_seco | 2009-02-16 07:19 | バルセロナの話

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