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昨日は、カタルーニャ広場に見に行って、試合後のどんちゃん騒ぎを途中で
抜けてきて、午前1時に帰ってきてからこのブログをアップしたので、
手抜きしてましたね。だって、今日仕事だったんですもの。
おきてやぶりの「書き直し」です。

バルサ、チャンピオンズ・リーグ、3度目の優勝。
1992年のロンドン、
2003年のパリ、
そして今年のローマ。
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リーガ、コパ、そしてCL。バルサ、史上初の3冠を成し遂げました。

今年のCL決勝は、現在のサッカー界で、年間最大のビッグマッチとなりました。
すでに2冠を達成しているバルサ。
CL4強に、3kチームを送り込んだ、現在世界最強のリーグ、
イングランドはプレミア・リーグを制したマンU。
欧州のサッカーファン誰もが認める「ドリーム・マッチ」です。

バルセロナの中心地、カタルーニャ広場の光景です。
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試合は2:0でバルサが勝ちました。

このカタルーニャ広場では、地元のTV局が大画面に中継映像を映し、
大勢の人が観戦するのですが、試合中よりも、試合後に人がぞくぞくと集まってきます。
試合終了後は、朝まで、そっくりさんがでてきたり、何組ものバンドが演奏したり。
(必ずバルサの応援歌を演奏する。そうすると、かなり盛り上がる。)
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実に10万人がここに集まりました。
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夜中の2時ごろには、一部興奮した人達と機動隊との間に衝突もありました。
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これらのイベント、入念な準備と、たくさんのバンド、TV関係の出演者や機材。
これで負けてたら、どうなってんただろう、と考えると恐ろしい。。。
というか、負けることを一切想定していない、としか言いようのない演出。

普段、平日にはライトアップされないアグアバも、良く見ると、バルサ色に染まってます。
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一生、忘れられない体験、光景でした。
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by bonito_seco | 2009-05-28 08:30 | バルセロナの話

天気が悪くて、昼前まで寝過ごしてしまった、日曜日。
この3条件が揃うと、地球の歩き方等のガイドブックを見ては、
まだ訪れてない場所に行ってみます。

さすがにこちらに来て11ヶ月も経つと、ほとんどの場所はカバーしているのですが、
まだまだありました。

そんなわけで、3条件が揃ったこのあいだの日曜日に、
市内でも比較的郊外に位置しているとはいえ、
日本人駐在員などが多く住む、高級住宅地にある、
680年前に創設された「ペドラルベス修道院」に行ってきました。

修道院、初めて行ったのが確か函館の「トラピスト修道院」だったような気がします。
そのストイックな人生感に触れて以来、修道院を見学させてもらうのが好きになりました。
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「聖クララ会」の尼僧院として、現在でも修道女さん達が信仰生活を送っているのだそうです。
回廊と中庭がとにかく美しいです。
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修道院見学後、ここから徒歩15分で、竜の門が印象的な
ガウディ作、「グエル別邸」があるので、一度に楽しめます。
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by bonito_seco | 2009-03-04 06:40 | バルセロナの話

2月も下旬になり。

最近は安定して日中の気温は15度を超えるようになり、
夜も暖かくなって、過ごしやすくなってきました。

そんなとある日曜日。
家の前の地中海岸沿いに続いている遊歩道を散歩してみました。

夏を待ちきれない人たちがすでにビーチでくつろぎ、
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スケートボード・パークで遊ぶ子供達、
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遊歩道には、こんなカラフルなサインボードがあります。
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このビーチは、というか南欧の地中海沿岸のビーチは、
女性のトップレスの人が多いので、すでに全裸になってビーチで過ごしている人たちも多くいました。

全裸になっているのは、確実に男性だけですが。。。

そんなとある晩冬の日曜日の風景でした。
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by bonito_seco | 2009-02-25 06:39 | バルセロナの話

この意味深なタイトルは、頼山陽の漢詩『川中島』の一節より拝借いたしました。

というのも、あのバルサのフォワード、リーガの得点王争いをトップで突っ走る
サミュエル・エトーとニアミスをしました。

時は今週の月曜日。
会社の別部門のトップ・マネージメント・ミーティングを、泊り込みで外部のホテルでみっちり2日間
開催すると言うことで、私も一部関係あるテーマだけ2時間ほど参加するようにとのお達し。

バルセロナから約50km離れた、地中海リゾート地として有名な「シッチェス」の丘の上のホテルまで
車を飛ばしたのでした。

いつものようにミーティングが延びて、僕も結局そこに9時間以上いました。

で、ミーティングも夜9時過ぎに終わり、ディナーというところで、
私は明日も早いし遠いので、せっかくのお誘いを断って、おいとましました。

今日ジョアンと昼ごはんを食べていたら、なんと、その日のレストランで取ったディナーで、
われわれのテーブルの1mはなれたところで、
エトーが、友達10人ほどと一緒に、そこでディナーを食べていたというではありませんか。
そして、ジョアン達はエトーに話しかけて、楽しく歓談したそうです。
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翌日は、朝からバルサの練習があったはずなのに、同僚が席を立った夜の12時でも、
まだエトー達の歓談は続いていたそうです。

冬場オフシーズンの、シッチェスに幾多あるホテルの4つ星クラスのホテル。
ディナー食べときゃよかった。
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by bonito_seco | 2009-02-19 07:52 | バルセロナの話

というタイトルの写真集を買いました。

19世紀におこった「写真技術」の発展に感謝せずにはいられない本です。
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100年前のバルセロナの街の様子を、写真で紹介しています。
「写真」がなかったら、往時の姿は、当時の人々の記憶の中でしか残りません。

カタルーニャ広場は、十字路でした。
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地中海沿いの遊歩道として、バルセロナ市民に人気の散歩道、
ポルト・ベイのあたりは、海賊から街を守るための防御壁がありました。
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こんな風に、現在でもこうして当時の様子をノスタルジックにしのぶことができます。
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by bonito_seco | 2009-02-18 07:07 | バルセロナの話

ここのところの激務後の久しぶりの週末の休みの日に、
9ヶ月住んできたバルセロナを再発見しましょう、ということで、
今週末は、「モデルニスモ建築再訪」を行いました。

ガウディをはじめとする建築群により、
バルセロナは世界中の観光客を集めてやまないわけですが、
私も赴任早々、これらの高名な建築物への訪問は済ませていました。

今回は「i」が企画する、オフィシャルツアーに入って2時間のWalking tourに参加など、
あらためて、真剣に、お勉強してみましょう、と。
ガイドさんの話を聞いたり、書物を読み進めるにつれ、自分なりの解釈がまとまってきました。

その結果。「モデルニスモ」を語る上で、重要なポイントを勝手ながら以下に要約してみました。

①ガウディはウディではなく、ガウディと発音する。
はい、つづりは、Gaudiではなく、Gaudí なのです。
どうでもいいことのように思えますが、アクセントの位置を間違えると、
スペイン人には通じなくなってしまいます。

②モデルニスモはいわゆる、「アール・ヌーボ-」の動きである。
つまり、国によって名前が変わるが、19世紀後半から20世紀はじめにかけておこった、
世界的な新建築様式をすすめるダイナミズムの一環である。

③おさえるべき有名な建築家は3人いる。すなわち、
-アントニ・ガウディ
-ドメニク・イ・モンタネール
-プッチ・イ・カダファルク

④当時のバルセロナに起こった特別な社会背景が、この特異な建築様式を開花させた。
1.19世紀後半に再び外国との貿易を許され、繊維産業をはじめとし、産業革命がおこった。
2.この波に乗って、大金を手にしたブルジョワ層が現れた。
3.この新規産業により、工場労働者などが急増し、19世紀後半に、現在の旧市街域では、膨れる人口をまかないきれなくなった。
4.19世紀後半に、これまで旧市街を囲っていた壁が壊され、カタルーニャ広場の北側、現在のアシャンブラ地区に新市街をつくることになった。
5.当時のブルジョア層が、敷地面積も狭く、衛生面も悪化していた旧市街を離れ、カタルーニャ広場から北に伸びる目抜き通り、「ガルシア」通り沿いに大邸宅を建てる動きがすすんだ。
6.ブルジョア達は、金に物をいわせて、当時の名うての建築家をおかかえの建築とし、自分の邸宅の建設を発注した。たとえば、ガウディのパトロンとまで言われたグエル氏など。

というわけで、上記3大建築家のそれぞれの代表的な建築物の写真です。
各3点に絞りました。

<ガウディ>
カサ・バトリョ
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カサ・ミラ
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コロニア・グエル教会
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<モンタネール>
カタルーニャ音楽堂
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サン・パウ病院
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カサ・リェオ・モレラ(1階は現ロエベ店舗)
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<カダファルク>
カサ・マルティ(1階はクアトラ・カッツ)
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カサ・アマトリェール(現在改装中で外観は見られない)
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カサ・デ・ラス・プンシャス
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by bonito_seco | 2009-02-16 07:19 | バルセロナの話

バルセロナに来て以来、2度目のFCバルサの試合を見に行ってきました。
今日の対戦相手は今季1部に昇格したスポルティング・デ・ヒホン。

今シーズンのバルサは、18勝2分1敗の圧倒的な強さでリーガ首位を独走しています。
もう全く負ける気がしません。
結構良い席を取りましたので、写真もかなり近づけます。

試合直前のアップの風景。
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キックオフの瞬間
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メッシがボールを持つと、キラーパスを防ごうと、敵デフェンダーが固まって寄ってきます。
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今回はあまりメッシの活躍シーンはありませんでしたが、それでもタレントぞろいのバルサは
きっちりゴールを決めていきます。

エトーの2点目のゴール
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3点目を入れたダニ・アルベスは観客に向かってアピール
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試合は結局3-1でバルサが勝ちました。
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前回アテリコ・マドリッド戦を見たときは5点取ったので、
2試合で8回もバルサのゴールシーンを見たことになります。

ということで、今日会社でバルサの話をちょっとふると、もう止まりません。
とにかくみんな見てるのです。
そして、今年の記録的な快進撃を重ねるチームをホームに持っていることに、
みんな基本的な幸せと誇りを感じているのです。

そういえば、昔、イギリス人とパブで飲みながら、「毎日ここに来て彼らを何を話しているか」
について聞いたことがあります。
「女性→政治→サッカー」が1セットで、これが延々とループするのだそうです。

ヨーロッパに根付くサッカー文化の深いこと。
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by bonito_seco | 2009-02-10 05:45 | バルセロナの話

バルセロナの中心、カタルーニャ広場からランブラス通りを港に向かって下ってきた最終地点に、
コロンブスの塔(Monument a Colom)が建っています。
高さ60mのこの塔は、世界万博の開催に合わせて、1882年に完成しました。

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このコロンブスが指差す方向は、もちろんアメリカ、、、、ではなくて、地中海。つまりアフリカの方になります。バルセロナからだと、アメリカは山の方を指差さなければならないため、
120年前にこれを作った人の妥協感が伝わってきます。

さて、イタリアはジェノヴァ出身と言われているコロンブスの像が、なぜバルセロナにあるのでしょう?

以下概要です。

イタリア人天文学・地理学者トスカネリ(1397-1482)の「地球球体説」に刺激を受けたコロンブス、大西洋を西に向かえばインドに到達すると確信。インド到達計画を企画します。
しかし航海するとなると、船を建造したり船員を雇ったりと、莫大な資金が必要です。

そこでパトロンになってくれる王様を探すべくポルトガル→スペイン→イギリスと各国を訪問しては企画をプレゼンしますが、誰も取り合ってくれません。

再びスペインに向かったコロンブスは、当時レコンキスタ(キリスト教による領土回復運動)が
終了したばかりで、領土拡大を目論むイサベル女王に謁見。
イサベルは、だんなのフェルナンド5世と共にコロンブスへの援助を決め、
彼は遂にスペイン王の命で大西洋西航によるインド到達計画を実施するに至るのです。

さて、かくしてコロンブスは、アメリカ大陸にたどりつき(1492年)、- 死ぬまでインドの一部だと思い込んでいた -、
スペイン帰国後に、当時たまたまバルセロナに来ていた両王に、発見の報告を行った。
このゴシック地区に残る「王の広場」がその謁見の場所と言われています。

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と、長くなりましたが、こういうわけです。
この話、ガイドブックにもまことしやかに書かれています。



ところが、「コロンブスはここで両王に謁見していない。この話はまったくでたらめ。」  と、この話を研究していた学者により2年前に結論付けられたとのことです。


500年間、この逸話を信じてきたバルセロナ人、あげくに塔まで建てちゃいましたが、
コロンブスはバルセロナとはまったく関係なかったということですね。。。

ついでですが、このコロンブスの塔、かなり狭いながらも中にエレベーターがあり、
「展望台」フロアに登れます。バルセロナの街を見下ろすことができます。


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by bonito_seco | 2008-12-19 04:58 | バルセロナの話